なにごとにも執着しない
人は自分の積み重ねたものにこだわりを持って生きている。
こだわりを持つ事は悪いことではない。ただ、それが度を過ぎると執着となる。
残念ながら執着の域に達すると、あまり結構なことにはならない場合が多い。
執着すると捨てられない。
そして、捨てられないという状況は、そのものに振り回されている事に他ならない。
そんな状況は、決して楽な状況とは言えない。
執着すればするほど、楽にはならないのだ。
何もないという事ほど楽なことはない。
何もないというのは、自由でもあること。
もちろん反論もあるだろう。何も無いというのは不安ではないのか?
しかし、そもそも人は何も持たない所から生きて来たわけである。
その中で得たものは、無くなっても同じように得ることは出来るはず。
それよりも、失う事を恐れて守りに入る事の方がより労力を使うことになる。
得たものを守ろうとしても、それは既に過去の遺物でしかない。
人は未来に向かって生きている。
過去の遺物に執着することは、未来を見ていないことにもなる。
これから開かれる未知の世界を楽しむのは、過去の執着を捨てることから始まる。
真っ白なキャンバスには、何を書いても自由なのだ。
だからこのブログのデザインも、何の装飾もないことが今の自分には相応しいと思っている。
3.11を振り返る
東日本大震災より一年が過ぎ、誰もがひとつの区切りとなる日を迎えた。
それほど意識はしていなかったものの、やはり自身も特別な思い入れを持って
この日を過ごした。
それまで特別考えてはいなかったが、日が落ちる前にと思い、自分の家の跡を
写真に納める事にした。
東京に滞在していた震災当日から、突き動かされる様な生活になり、思いもよらぬ形で
2週間後の3月25日に現地に赴いた。
小雨の降りしきる中、見渡す限りの瓦礫の平野になった一角に残る、我が家の基礎部分を
一廻り歩いて見た。
ついこの前まで、ここに寝泊まり、生活をしていたという事実と、この何も無くなった
瓦礫の荒野とが自分の中で整合性が着かない。
あの何とも言えない変な気分。
つらいとも悲しいとも表せない、虚無感というか、力が抜けるというのはまさに
こういうことなのか?
一年前の事なのに、あの光景と味わった気持ちは、今でもありありと蘇る。
そして一年後、再びこの地に立ち、今の光景を残そうと考えた。
眼前に広がる景色は、膨大な瓦礫が撤去され、より荒涼とした平野が見渡せるばかりに
なってしまった。我が家の跡も掘り返され、もはや自分の敷地跡の区切りさえ分からない。
こうやって、全ては記憶の中に封じ込められていくのだろう。
一年という時間は思いの外短かった。我が家の跡は瓦礫が撤去されただけで、あの時から
何も進展してはいない。
また一年後のこの日、この場所に立った時、そこにはどんな光景が広がっているのだろう。
気持ちのはなし
”楽しくなければ仕事じゃない”
事あるごとに自分や周りに、そう言い続けて来た。
1日の内で仕事をしている時間を8時間として、寝ている時間と食事の時間などを除くと残りはせいぜい7時間ぐらいか?
つまり起きていて半分以上の時間を仕事に費やしてる訳だ。
それだけの時間を辛いとか大変だとか言って、眉間にしわを寄せて過ごしていて体に良いはずがない。ストレスを溜めて病気になるだけだ。
少なくともやりたくて始めた仕事なんだから、楽しい部分があったはず。忙しくなるとそれを忘れてしまうんだろう。もちろん忙しければ大変なんだろうけれど、それも楽しむ気持ちでやればいいだけなんだ。
直ぐに「大変だ」って言ってしまう。自分もそうだけど。口癖になってしまってる。
大変って言うから大変になるので、辛い、苦しいって言ってると、何時までも辛く苦しい気持ちになってしまうだけ。
だから、そういう言葉は極力言わない。
マイナスイメージの言葉は、言ってるだけで気持ちがそうなってしまう。
でも口癖になってるから、大変ってのは直ぐ言ってしまう。
そんなときは、大変って言った後に、楽しいって付け加える事にした。
”大変楽しい”
そう言った途端、大変さは何処かへ行ってしまう。
楽しいって言葉は暗い顔していては言えない。
楽しい時に言う言葉だから、気持ちも楽しくならないといけない、と脳内で変換する。
人間の気持ちは案外と簡単に環境に左右されている。
晴れたら良い気分、雨が降ったら暗い気分になるなんて事も、よく考えたらそこには何の因果関係も無いはず。要はそう思い込んでいるだけ。
だから、明るい言葉を発していれば、必然的に気持ちもそうなっていく。
せっかく生きてるんだから、楽しくないと。